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金沢地方裁判所 昭和63年(ワ)34号 判決

主文

一  甲事件原告の請求を棄却する。

二  乙事件被告が昭和六三年六月一六日にした額面普通株式二四〇〇株の新株発行を無効とする。

三  訴訟費用は、甲事件原告に生じた費用は甲事件原告の負担とし、乙事件被告に生じた費用は乙事件被告の負担とし、甲事件被告兼乙事件原告に生じた費用はこれを一〇分し、その一を甲事件原告の負担とし、その余を乙事件被告の負担とする。

第一 請求

一 甲事件

甲事件原告と甲事件被告との間で、丸友青果株式会社(乙事件被告、係争会社という。)が昭和五四年七月一九日にした額面普通株式一二〇〇株の新株発行が不存在であることを確認する。

二 乙事件

主文第二項と同旨

第二 事案の概要

一(甲乙事件共通)

係争会社は、昭和四一年に金沢中央卸売市場内において行う青果物の仲買業務等を目的として設立された会社で、設立以来、甲事件原告が社長を歴任して今日に至っているものであるが、実際には甲事件原告の父親である亡北形三次郎が実権を握って、その決裁のもとに経営がなされていた同族会社であった。そして、昭和五一年六月段階での係争会社の発行済み株式は一二〇〇株であったが、甲事件原告がその筆頭株主として株式二七〇株を有していたのを始め、その他右三次郎や甲事件原告の弟の北形実ら一〇名の親族・隣人が係争会社の株式を有していたものある(甲事件被告は、右段階で二〇〇株の株主であった。)。しかし、三次郎は、昭和五七年四月に死亡し、その後、係争会社の経営権等を巡って紛争が表面化してきた。このような状況のもとで本件甲乙事件が提起されるに至ったものである(甲事件の乙第一四号証の一、二、一五号証(以下においてもすべて甲事件の書証番号であるから、「甲事件の」との記載を省略する。)、証人野村、北形本人)。

二(甲事件について)

1 甲事件原告は、右のとおり、係争会社の株主であるが、甲事件被告は、係争会社が昭和五四年七月一九日に額面普通株式一二〇〇株を発行(昭和五四年の新株発行)したと主張し、そのうち六〇〇株を自らが引き受けて合計八〇〇株の株式を有していると主張しているので、甲事件原告が甲事件被告に対し、右株式の発行の不存在を確認を求めている。

2 争点は、右株式の発行が不存在であるといえるからであるが、同原告の主張の要旨は次のとおりである。

(一) 右新株発行に際し、旧来の授権資本株式総数一二〇〇株を増加させる株主総会が昭和五四年七月五日に行われたことになっているが、右株主総会は存在していない。

(二) 右新株発行についての取締役会が同月九日に行われたことになっているが、右取締役会も存在していない。

(三) 右取締役会の議決によっても、新株発行は、株主に対して新株引受権を与え、一株につき新株一株を与えることになっているが、実際には、新株を同被告に六〇〇株、北形実と北形三次郎に各二〇〇株、同原告と徳川弘に各一〇〇株を割り当てたもので、その新株発行は、右割当条件に違反している。

(四) 新株のための払込みは、見せ金によるもので、資本の充実を欠いているものである。

(五) 右新株発行は、右(三)のとおり、同被告の係争会社の支配権を確立するためのもので、著しく不公正な方法によるものである。

(六) 右新株発行は、株主への通知を欠いている。

三(乙事件について)

1 乙事件原告は、右のとおり、係争会社の株主であるが、係争会社は、昭和六三年六月一六日に額面普通株式二四〇〇株を発行(昭和六三年の新株発行)したところ、乙事件原告は、乙事件被告の係争会社に対し、右株式の発行が無効であることの確認を求めている。

2 争点は、右株式の発行が無効であるといえるかであるが、同原告の主張の要旨は次のとおりである。

(一) 右新株発行について新株発行事項の公示又は株主への通知がなされていない。

(二) 右新株発行についての取締役会が同月五月二三日に行われたことになっているが、当時の取締役であった北形実に対し、同取締役会開催の通知がなされていない。

(三) 右新株発行は、甲事件原告が甲事件を提起した後になされたものであるが、仮に、甲事件における新株の発行が不存在であったとして、これを前提としても、その株主の持株数からして、甲事件原告を訴外会社の代表取締役にすることに反対の意思を有する持株数が過半数を上回っていたところ、訴外会社の右二四〇〇株の新株のうち、九〇〇株が甲事件原告に、一五〇〇株が訴外西孝夫に割り当てられたもので、右新株発行は、甲事件原告が自己の係争会社における支配権を確立することを目的になされたものである。

(四) 右新株のための払込みは、見せ金によるもので資本の充実を欠いているものである。

第三 争点に対する判断

一 甲事件について

1 新株発行は、株主の会社支配権や資金回収の権利に影響を及ぼすものであるから、手続的にも実体的にも、株主が不当な損害を被ることがないようになされなければならず、そのために商法二八〇条の一五において、株主らに新株発行無効の訴えを提起することが認められている。しかし、同条は、新株発行無効の訴えは、新株発行の日から六月以内に提起しなければならないと規定しているところである。これは、新株発行の効力を長く不安定にしておくことは、株主の権利のみならず取引の安全に不都合であり、早期にその効力を確定することが要請されているからである。したがって、原則的には新株発行の効力を争うには、その発行の日から六月以内でなければならないというべきである。ところが、新株発行に該当する事実が全くない場合や仮に物理的に存在するような外観を呈していても、それが手続的瑕疵や実体的瑕疵が著しい場合には、例外的に、その新株発行が不存在であることを主張することができるものと解するのが相当である。そこで、この観点に立って検討することにする。

2 事案の概要二2の(一)及び(二)の各事実、すなわち、授権資本の増加の株主総会及び新株発行についての取締役会が存在したことについては、これに沿う乙第二号証(株主総会議事録)、同第四号証(取締役会議事録)があり、右各議事録中には、訴外会社の代表取締役として甲事件原告、取締役として徳川弘及び北形実の各印鑑が押捺されているが、証人野村、北形本人の各共述によれば、右各当時、甲事件原告及び各取締役の印鑑は、北形三次郎の子である野村外志子が保管していたもので、同人がその印鑑をもって各議事録を作成したものであること、そして、右株主総会及び取締役会は実際には開催されたものではないことが認められる。しかし、右各供述によれば、係争会社の経営は、前記のとおり北形三次郎が実際に行っていたものであり、右当時まで正式な株主総会や取締役会が行われたことはなかったことも認められる。

また、事案の概要二2の(三)の事実、すなわち新株の割当数及びこれが取締役会で決議されたことに違反している点は、右乙第四号証、同第五号証の一ないし五、同第六号証により認められる。

3 事案の概要二2の(四)の事実につき判断する。

乙第一号証の一、二によれば、昭五四年の新株発行に際して、同年七月二三日に一二〇〇万円が北陸銀行戸板支店に払い込まれていることが認められる。

そこで、更に右金員の出捐方法を検討する。

甲第九号証、乙第一一号証の一ないし三、同第一二号証、証人野村の証言によれば、野村外志子の夫である野村米作が昭五四年六月二七日に係争会社に六〇〇万円を貸し付けたこと、同日にこの金員で訴外会社の備品として冷蔵庫が四七〇万円で購入されたこと、しかし、右野村米作が係争会社に貸し付けたとされた六〇〇万円は、これが貸付金ではなく、新株引受けのための資金として振り替えられたこと、そして、その分の新株は、右米作ではなく、米作及び外志子の子である甲事件被告に割り当てられたこと、また、同年七月五日に北形三次郎が二〇〇万円を係争会社に入金したこと、同月一九日に北形実が係争会社の共済会からの借入れにより二〇〇万円を係争会社に入金したこと、同日にだれの資金であるかは不明であるが、甲事件原告が一〇〇万円を係争会社に入金したことにして、一〇〇万円が係争会社に入金されたこと、徳川弘がそのころ一〇〇万円を係争会社に持参し、これを係争会社に入金したこと、これらの合計一二〇〇万円を資金として、実際には、既に右冷蔵庫代として支出してしまった四七〇万円については、これを係争会社の資金を流用することにより、右新株のための払込金としたものであること、以上は、北形三次郎及びその意を受けた野村外志子が実質的に計画して、これを実行したものであること、以上のとおり認められる。

4 決算報告書の記載

甲第六、七号証、乙第二〇号証の一ないし三、弁論の全趣旨によれば、係争会社は、昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの決算報告書を作成しているが、その際に、資本金として右新株発行があったことを前提として二四〇〇万円が計上されており、その後昭和六三年三月三一日までの各年の決算報告書中にも継続して、右二四〇〇万円の資本金が計上されていることが認められる。

5 新株発行の理由

乙第一六号証の一、二、証人野村の証言によれば、係争会社は、昭和五四年三月三〇日に南新保に土地建物を購入したが、その当時、その設備として前記冷蔵庫を購入する必要にせまられていたところ、北形三次郎らは、これを係争会社の借入金だけで賄うのは困難であると考え、丁度、野村米作が退職金等から六〇〇万円を訴外会社に拠出することが可能であったため、この際に、新株を発行することにより、資金を調達するのが得策と考え、右新株発行に踏み切ったものであることが認められる。

6 以上の事実関係に基づき判断する。

右に見たとおり、昭和五四年の新株発行については、これに沿う株主総会議事録及び取締役会議事録が一応作成されていること、実際に新株引受けのための払込金が払い込まれていること、決算報告書にも昭和五五年三月から昭和六三年三月まで九年間にわたってこれが計上されていることからして、全くこれに該当する事実がなかったものということはできないことは明らかである。

次に、新株の払込金の資金調達の方法であるが、右に見たとおり、新株引受け分の払込金相当の資金は、係争会社に入金されており、ただ、実際の払込みに際しては、払込金として処理されている一部の資金を既に係争会社が冷蔵庫代として支出してしまっており、その分は係争会社の資金を流用する形をとっているとはいうものの、右係争会社が冷蔵庫代として支出した時期と右払込みがあった時期が近接していること、また、新株発行の目的が右冷蔵庫代の資金調達を主な目的としていたことからして、実質的には、実際の払込みがあった後に、これを係争会社が冷蔵庫代として支出したのと変わりがないと評価できるものであって、結局、右新株発行に伴い係争会社の資本の充実が損なわれていて、その実体的瑕疵が著しいとまではいうことはできない。

また、手続的な瑕疵については、授権資本の増加の株主総会が実際に行われていないことは一応重大な瑕疵であると考えられるが、係争会社が北形三次郎において実権をもっていた同族会社であったこと、また、前記のとおりその後の決算報告書中にも一貫してこの新株発行があったことを示す資本金の記載がなされていることからして、各株主の間において暗黙のうちにこれを承諾していたものと推認することができるのであって、これをもって、右新株の発行が不存在であると評価できるほどの著しい手続的瑕疵があるとまでいうことができず、その他の手続的瑕疵を総合しても右新株発行が不存在であると評価できるほどの著しい手続的瑕疵があったものということはできない。

次に、新株発行の目的は、右に見たとおり、係争会社の資金調達の目的があったことが認められる上、その後、少なくとも北形三次郎が死亡した昭和五七年までの間、甲事件被告らが係争会社の支配権を確立しようとするような行為に出たとは認められないのであるから、単に右新株の発行が甲事件被告の係争会社の支配権確立のためのものであったと断定することは困難である。

以上検討の結果、昭和五四年の新株発行は、これが不存在であるということはできないことに帰する。

二 乙事件について

1 事案の概要三2の(一)の事実(株主への通知又は公告の有無)について

北形本人の供述によれば、昭和六三年の新株発行に際しては、係争会社の株主に対して、その通知をしていないことが認められ、また、同供述中にはその公告の方法として、係争会社の鏡の下に一日だけ公告のための掲示をしたという部分があるが、その事実の有無はともかく、新株発行の公告について、このような方法によるものでは、到底実質的な公告があったものということはできない。

2 同三2の(二)の事実(取締役の北形実への取締役会開催通知の有無)について

乙第二四号証の二、北形本人の供述、弁論の全趣旨によれば、右新株発行についての取締役会が昭和六三年五月二三日に行われたが、その取締役会に係争会社の取締役であった北形実は出席しておらず、同人に対して、その開催の通知をしていなかったことが認められる。

3 同三2の(三)の事実(新株発行の目的)について

甲第三号証、乙第二二号証の一、三、北形本人の供述によれば、昭和六二年の三月ころから、甲事件被告や係争会社の取締役であった北形実らから、訴外会社の経営を巡って、社長であった甲事件原告に対する不満が出てきていたこと、その様な状況にあって昭和六三年二月五日に本件甲事件が甲事件原告から提起されたこと、右訴訟係属中の昭和六三年六月には、甲事件被告や北形実は、甲事件原告の社長退陣を求める状況に差し掛かっていたこと、係争会社は、同年六月四日付で同月二四日に株主総会を開催すべくその旨を株主に通知していたことが認められる。右各事実並びに前記1、2で認定のとおり、右新株発行が殊更甲事件原告に反対の立場を表明している甲事件被告や北形実に秘して実行されたこと及び後記4で認定の新株について払込みがなされた後の資金の使用形態を総合すると、右新株発行は、専ら甲事件原告が、来る株主総会を開催するに際して、自己の係争会社における支配権を確立するためになされたものと認められる。

4 同三2の(四)の事実(見せ金の有無)について

甲第四〇号証、第四二号証の一、二、乙第二三号証の一、二、第二四号証の二、証人西、北形本人の各供述によれば、右新株二四〇〇株のための払込金として昭和六三年六月一五日に北國銀行粟田支店に二四〇〇万円が払い込まれていること、そして、右二四〇〇万円のうち一五〇〇万円は西孝夫が用意し、九〇〇万円を甲事件原告が用意したこと、しかし、同銀行同支店から、同月二五日に四〇〇万円、同年七月一一日に四五〇万円が引き出され、これらが甲事件原告を支持する従業員に対する賞与等として支出されたこと、また、右七月一一日には、一五〇〇万円も引き出され、これが西孝夫が代表取締役をしている西武電気興業株式会社に対して係争会社から貸し付けられていること、これらは専ら甲事件原告と西孝夫が計画して実行したものであることが認められる。

右のとおり、新株については一旦は実際に二四〇〇万円の払込みがなされたとはいうものの、係争会社は、極めて早期の段階で、右払込金一五〇〇万円を拠出した西孝夫の経営する会社に、特段の事情もなく右同額を貸し付けており、実際には、西孝夫は、提供した資金を回収しているものと評価することができ、同人が真実の出資をしたものということはできず、これは、係争会社の資本の充実に悖るものであるといわざるをえない。また、その余の払込金の一部も甲事件原告の係争会社での支配権の確立のために、これを支持する従業員に支払われたというものであって、これが係争会社の資本の充実に資するものであったということは到底できない。

5 以上の事実に基づき判断する。

右新株発行は、代表取締役である甲事件原告が行ったものであるから、右1、2で認定の事実に基づく、新株発行についての手続的瑕疵のみをもってしては、直ちにその新株の発行を無効とするものとはいいがたいが、右新株の発行は、係争会社の社長であった甲事件原告が、係争会社での自己の支配権を確立することを目的としてなされたものであり、係争会社の利益ではなく、専ら甲事件原告の利益のためのものであったこと、その新株を引き受けた者が甲事件原告及びその意を受けた西孝夫のみであって、新株発行を無効としても特別に法的安定性を欠くものではないこと、新株の払込みは名目的なものであって、係争会社の資本の充実に資するところはなかったものであることの各事実関係のもとにおいては、右新株の発行は、これが無効であるというべきである。

三 よって、主文のとおり判決する。

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